2018年1月23日火曜日

犯人識別手続に不備があり無罪とされた事例(蔚山地方法院2017年9月21日)

 本件は、被告人は学校の前で児童に対してズボンを下ろしてわいせつ行為を行ったとして逮捕されましたが、目撃証言に信用性がないとして無罪とした事案です。
 目撃者に対して被告人が犯人であるという証言を得るために、警察は4枚の写真を提示してその中から犯人を指し示すように求めましたが、目撃者が犯人の髪型がパーマであったと言っているにもかかわらず、4枚の写真のうち髪型がパーマとはっきり分かるのが被告人の写真だけだったという考えられないことをしていました。
 韓国では法廷の様子をモニタをとおして見ることができるのですが、目撃者の方々はモニタに映った被告人をみて犯人ではないかもしれないと言い出しました。
 わいせつ事件で逮捕、起訴された場合、裁判で無罪になったとしても疑われたという事実だけで社会的な評価に大きな影響を与えます。証拠が足りないから無罪ということになると、証拠があれば有罪になっていたかもしれないと考える人も少なくないからです。
 冤罪で起訴された人の社会的な評価を回復するということについて、今は弁護士ができることはありませんが、弁護士に対する社会的な信用を高めることで「弁護士が無罪といっているのだから、無罪なんだろう」と考えてもらえるようになればと思います。
 以下は、判決の一部抜粋です。

 本件で被告人が2016年10月17日及び2017年10月19日に犯行現場付近の防犯カメラに被告人の自動車が撮影された点や、数名の目撃者らが一致して犯人識別写真をみて被告人を犯人と指し示した点から被告人が公訴事実記載のわいせつ行為をしたのではないかという強い疑いが生じるのは事実である。
 しかし、次に見られるところのように検事が提出した証拠のみでは本件公訴事実が合理的疑いを超える程度の犯罪の証明がなされたとはいいがたい。
1 目撃者の犯人識別陳述の証明力
(1)人の記憶力の限界及び不正確性と具体的な状況下で容疑者やその写真上の人物が犯人として疑われているという無意識的暗示を目撃者に与えている可能性などに照らし、犯人識別手続において目撃者の陳述の信憑性を高く評価できるようにするには、①犯人の人相着衣などに関する目撃者の陳述ないし描写を事前に詳しく記録化してから、②容疑者を含めたそれと人相着衣が似ている複数の者を同時に目撃者と対面させ、犯人を指し示すようにしなければならず、③容疑者と目撃者及び比較対象者などが相互に事前に接触できないようにしなければならず、④事後に証拠価値を評価できるように対質過程と結果を文字と写真などに書面化するなどの措置を取らなければならず、写真提示によって犯人識別手続においても基本的にこのような原則に従わなければならない。
 すなわち、捜査機関が写真提示で犯人識別を要求する場合、目撃者や被害者はその写真の中に犯人が含まれているという強い暗示をうけて、その中で相対的に自分が目撃した犯人と最も近い者を犯人と指し示す「相対的判断」をするので(その結果、候補者の中で犯人がいない場合にも、その中の1人を犯人として指し示す可能性がかなり高い)、識別対象になる比較対象者は目撃者の事前の陳述で描写した犯人の人相着衣と類似していなければならないだけでなく(ただし、目撃者が「陳述」した人相着衣と類似していればいいので、比較対象者らがお互いに似ている必要はない)、その候補者の数がある程度豊富でなければならず、最も理想的なのは目撃者が候補者の数を事前に知ることができる「同時提示」の方法よりは提示される写真が何枚なのか事前に分からないように比較対象者の写真を1枚ずつ提示する「順次提示」の方法によって犯人との同一性を確認することが望ましい。
 ところで、本件で目撃者らに犯人識別のために提示した写真は4枚に過ぎず、そのうち2枚は目撃者らの事前陳述と異なりパーマではないことが明らかで、残り1枚は被告人の写真とことなりかなりピンボケで、顔をはっきり識別できない粗悪な印画物で、その比較対象者のうち被告人の写真だけがはっきり目立つので、これを提示された目撃者としては提示された4名の写真のうち被告人を犯人と指し示す確率がかなり高い条件であったことが分かる。そして、すでにみたように犯人識別手続で要求される犯人の人相着衣などに関する陳述ないし描写の詳しい事前記録化や対質過程と結果を文字と写真などで書面化するなどの措置がまともになされていない事実が認められるので、目撃者らの警察での犯人識別陳述に高い証明力があるとはいえない。
(2)更に、目撃者らは当時犯人が「パーマ」で、「太っていた」と陳述していたが、本裁判所で観察した被告人の外見はパーマでなく、本件犯行当時の髪型がパーマであったといえる資料もないだけでなく(捜査機関は犯行直後である2016年10月23日になされた被告人に対する捜査手続で被告人の外見を写真に撮影して保存することができ、調書にそのような確認内容を記載することができたが、そのような内容が全くない)、裁判所で観察された体系や本件当時と現在の被告人の健康検診記録上の体重(176cmに61~64kg)に照らして被告人が太っているといいがたい。
 実際、本裁判所で目撃者が法廷内の大型モニタで法廷の外にある映像支援室で同時に伝送される被告人の正面、左右側面、立っていたり座っている姿、前や横に歩いている姿など多様な角度での被告人の姿を直接観察した結果、誰も「被告人の顔」が自分が目撃した犯人と同じであると陳述したものがなく、むしろそのうち一部の目撃者らは自分の目撃した外見と異なり犯人でないようだと陳述した。
(3)また、2016年10月19日付犯行直前の犯行現場付近道路の防犯カメラに撮影された被告人の車両映像には運転席に座っている被告人の上衣が「青色」であることに反し、上犯行当時の防犯カメラに撮影された犯人の上衣は帽子が異なり「灰色のジャンパー」で互いに一致しない。もちろん捜査機関が疑うところのように被告人が灰色のジャンパーを自動車の中に所持していたがこれを上衣の上に重ね着したか、上衣を着替えることができるので上の映像が被告人が犯人である可能性を完全に棄却させるものではないが、少なくとも上の映像が公訴事実を裏付けることができる証明力を持たないものであることは明らかである(公訴事実の立証は提出された証拠によって被告人が犯人である確率を求めるものであり、被告人が犯人であるという前提でそのような証拠がある確率を求めるものでないから)。
(4)一方2016年10月17日付公訴事実記載の目撃者であるFは満9歳の児童であって法廷の出席がなされず法廷で反対尋問によってその陳述が検証されていないので、その陳述は本質的に低い証拠価値をもつ。
 それだけでなく、その内容は捜査報告書などの形式による伝聞陳述でFが被告人の車両番号(J)と自動車(白い旧型SM5)と似ている車両番号「88※※」または「88X3」が含まれた白い自動車を見たというものであるが、このようなFの陳述内容が学校専担警察官に申告された当時の調書や申告日誌など客観的資料で提出されておらず(検事が裁判所の釈明にもこれを提出しないことから、上のような調書や日誌が作成されていないものと思われる)、Fの陳述がその母や学校専担警察官の伝聞陳述の形式で記載された陳述書と捜査報告書は、被告人が容疑者として指し示して捜査機関の強い追及を受けた後に捜査機関の積極的な協力要請によって被告人に対する捜査日以降である2016年10月25日(母Kの陳述)および2016年12月13日(学校専担警察官の報告書)に初めて作成されたもので、それがFの当時の陳述がそのまま反映されたものか客観的に確認することも難しい。
(5)一方、本件第1、2犯行現場付近で被告人の自動車が防犯カメラに撮影されたことは間違いないが、被告人が住む地域一帯は小さな規模の地域社会であって上の犯行場所までは被告人の住居地から車でわずか3~5分の距離にあるが、一人暮らしである被告人が食事などを解決するために自動車を利用して上の犯行場所付近をしょっちゅう訪問していたものといえるので、犯行日時頃にその付近に被告人の自動車が防犯カメラに撮影されているという事情のみで被告人が公訴事実記載の行為を犯したと断定することはできない。

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