2018年3月14日水曜日

伝染病に感染したことについて国の責任を問えるか(ソウル中央地方法院2018年2月9日判決)

 本件は、院内感染でMERS(中東呼吸器症候群)に感染したのは国の対応に過失があったためと国家賠償を求めたのに対し、国の責任を認めたものです。
 韓国では、病院でMERS患者の疑いのある者が見つかった場合、疾病管理本部という国の機関が調査をするようになっています。本件は、MERS患者の疑いがあるという申告があったにもかかわらず訪問国がバーレーン(当時、MERS発生国家とされていなかった)であったという理由でMERS患者ではないとし、その後、MERS患者であると分かった後も接触者の調査が適切に行われず、同じ病棟にいた入院患者が転院し、転院先で原告にMERSを感染させることになりました。
 伝染病の対策が国の責務であったとしても、単に伝染病に感染したという結果のみで国の責任が認められるわけではありません。国の対策に落ち度があったということを原告が証明しなければなりませんが、一般的にはマニュアルに決められたとおりにやってさえいれば国の責任が認められることはまずありません。
 しかし、本件はマニュアルに決められたとおりにやっておらず、マニュアルどおりにやっていれば感染を防げたとして国の責任が認められました。
 以下は、判決の一部抜粋です。
 被告は、旧感染病の予防及び管理に関する法律(以下「旧感染病予防法」」という)第4条により感染病の予防及び防疫対策、感染病患者らの診療及び保護、感染病に関する情報の収集、分析及び提供、感染病に関する調査、研究などの事業を行う義務があり、その義務を履行するために保健福祉部傘下の疾病管理本部を置いて感染病に関する防疫、調査、検疫、試験、研究の業務を管掌するようにした(保健福祉部とその組織機関の職制第30条)。
 被告及びその傘下の疾病管理本部の感染病に関する防疫などに関する行政権限行使は関係法令の規定形式上、その裁量に任せられているといえるので、中東呼吸器症候群(以下「MERS」という)に関する防疫などに関する被告またはその傘下の疾病管理本部の判断を違法と評価するためには関連法令の趣旨と目的に照らしてみて具体的な事情により被告またはその傘下の疾病管理本部がその権限を行使して必要な措置を取らなかったことが顕著に不合理であると認められたり、経験則や論理則上、全く合理性を肯定することができない程度に達していると認められなければならない。
 甲第4、8号証の各記載に弁論全体の趣旨を加味すると1番患者のMERS検査と関連して下のような事実が認められる。
 1番患者が発病前14日以内にバーレーンを訪れた事実を診療過程で確認したFFソウル病院治療陣は2015年5月18日10時ごろソウル特別市○○区保健所にMERS疑似症患者として申告し、○○区保健所は直ちに疾病管理本部にMERS疑似症患者の発生申告及び診断検査の要請をした。しかし、疾病管理本部は1番患者が訪問したバーレーンがMERS発生国家でないという理由で検査要請を拒否した。
 FFソウル病院医療陣は○○区保健所から上のような事実を伝え聞いて2015年5月18日14時ごろ、直接疾病管理本部に連絡して再び診断検査を要請した。疾病管理本部は「他の呼吸器ウイルス検査結果が全て陰性と出たら検査を実施する」と応答し、1番患者の訪問地及びラクダなどの接触歴を再確認してからインフルエンザ検査をまず行うように指示した。
 FFソウル病院治療陣は2015年5月19日13時半ごろ疾病管理本部に1番患者に対するインフルエンザ検査結果が陰性であることを通知した。疾病管理本部は同日17時ごろ疫学調査官1名をFFソウル病院に送り2時間程度調査して、同日19時ごろ1番患者の検体が採取され、2015年5月31日6時ごろ1番患者のMERS感染が確診された。
 甲第4乃至6、11、12号証の各記載と弁論全体の趣旨を加味して認められる下のような事情に照らしてみると、疾病管理本部の公務員らが1番患者に対するMERS疑似症患者申告を受けても遅滞なく診断検査と疫学調査をせず、遅延したことは顕著に不合理であると判断される。
 旧感染病予防法第11条第1項、第2項、第13条第1項によると、医師は感染病患者を診断した場合所属医療機関の長に報告しなければならず、所属医療機関の長はMERSのような第4群感染病(上法第2条第5号第モ目)の場合、管轄保険所長に申告するようになっており、管轄保険所長は管轄市長らに、管轄市長らは保健福祉部長官及び市・道知事にそれぞれ報告するようになっている。疾病管理本部が2014年12月24日に改正したMERS予防及び管理指針(第2判、以下「MERS対応指針」という)によると、医療機関は保健所をとおして検体を疾病管理本部に移送して検査を依頼しなければならない。
 一方、旧感染病予防法第11条第5項、同法施行規則第6条第4項による感染病の診断基準及び法定感染病診断、申告基準にはMERS患者申告のための診断基準に「疑似症患者:臨床的、放射線学的、組織・病理学的に肺実質疾患(例えば肺炎又は急性呼吸混乱症候群)がある急性呼吸器感染者であって、ⅰ)発病前14日以内に中東地域に旅行または居住していた者、またはⅱ)原因不明の重症急性呼吸器疾患者を診た医療人、またはⅲ)発病14日以内に症状がある患者または疑似症患者と密接な接触をした者」と規定している。
 旧感染病予防法第18条第1項によると、疾病管理本部は感染病が発生して流行する憂慮があると認められる場合遅滞なく疫学調査をしなければならず、感染病管理事業指針とMERS対応指針によるとMERS疑似症患者が申告される場合遅滞なく管轄保健所の疫学調査班や中央/市・道の疫学調査班を現場に派遣して患者及び保護者を面談する方法などで危険要因を把握して感染経路を推定して接触者及び共同露出者を確認して流行の発生または伝播可能性を確認するようになっている。
 疾病管理本部は1番患者が訪問したバーレーンがMERS発生国家でなかったため疑似症患者に分類しなかったというが、MERS疑似症患者に関する関連規定や疾病管理本部マニュアルは疑似症患者の中東地域訪問来歴があれば申告をするように規定しているのみで訪問来歴該当国家を中東地域のMERS発病国のみに限定していない。また、2015年5月当時に中東地域のうちMERS発病地域として報告された国はサウジアラビア、アラブ首長国連邦、カタール、ヨルダン、オマーン、クウェート、エジプト、イエメン、レバノン、イランなど10ヶ国でバーレーンはMERS発生国家として知られていた場所ではなかったが、地域的にサウジアラビアと国境を接している隣接国家として生活圏を同じくする可能性が高い国である。
 疾病管理本部は上のような疑似症患者発生申告と関連基準に符合するので即時に○○区保健所に検体を移送するようにして診断検査がなされるように措置し、確診前であっても疫学調査班を派遣して危険要因を把握し、接触者、接触範囲などを確認する注意義務があったが、検査拒絶と遅延によって疑似症患者が申告してから約33時間後に検体を採取し、申告してから約31時間後に2時間程度行われた疫学調査で接触者などもまともに把握できなかった。
 下のような理由で、被告の過失と原告のMERS感染との間の相当因果関係が認められる。
 次のような事情を総合してみると、疫学調査がちゃんと行われていれば、1番患者が入院した期間の8階病棟の入院患者は1番患者の接触者の範囲に含まれてそれによって原告の感染源として推定される16番患者も調査されていた。
 1番患者は病室内のみにいたのではなく、採血、検査などのためにエレベーターを利用して看護士ステーションに行くなど病室外を何度も移動し、これは他の多くの患者らも同じである。疫学調査官は1番患者に対する対面調査や現場調査などをとおしてこれを簡単に知ることができた。
 入院患者の移動拠点はそれぞれの病室なので、1番患者の病室外の接触者を探すのは1番患者の病室がある別紙図面のような8階病棟に入院していた患者らから出発しなければならない。8階病棟の入院患者のうち誰が「1番患者と接触した者」であるかいちいち確認するのは患者らがお互いに顔を記憶していなかったり調査条件などの理由で難しいともいえ、1番患者が16番患者と接触する様子が出てくる防犯カメラの映像などの資料もない。
 しかし、MERS対応指針は「患者と接触した者」以外に「患者の分泌物で汚染された環境と接触した可能性がある者(例:結婚式、葬式、教会、学校での同じグループなど)」を日常的接触者として把握するようにしている。入院患者は一日中病院で生活するようになっており、ほとんど一般人にくらべて免疫力が落ちていて観戦に脆弱な点、特にMERSは免疫機能低下者の感染確率が高く、予後も不良な点、1番患者が外来診療を受けた病院に派遣された疫学調査官らは日常的接触者の範囲を1番患者が来院した前後に一定時間に来院した者らと設定した点などに照らしてみると、8階病棟に入院していた患者らは少なくとも日常的接触者である「1番患者の分泌物で汚染された環境と接触した可能性がある者」として把握し、接触者の範囲に含めることが妥当である。
 2015年5月頃MERSの基礎感染再生産指数(すべての人口が該当疾病に免疫力がないと仮定したとき、感染性がある患者が感染可能期間の間に直接感染させる平均人員数、感染病の伝播力を表す指標)は0.6~0.8に過ぎず、疾病の流行が自然的に収束しうる程度で伝播力が弱く、人の間の密接接触による飛沫観戦が主要感染経路と知られている。しかし、MERSの明白な感染源及び感染経路は明らかにされておらず、ワクチンや抗ウイルス剤が開発されていないので対症的治療をするしかなく、なにより致命率が約40%とかなり高い。疾病管理本部がMERSの特性をすべて考慮して上のようなMERS対応指針を作ったといえる。
 甲第4、8号証の各記載と弁論全体の趣旨によると、疾病管理本部が病院を疫学調査した2015年5月20日と2015年5月21日の8階病棟の入院患者や保護者のうちMERS症状を出した者がいて、そのうち4名は発熱と関連のない病症であった事実が認められる。1番患者の動線によって接触者を把握するための疫学調査官の最小限の誠意がありさえすれば、上の患者らが把握され、8階病棟の入院患者や保護者は接触者として分類されていた。
 原告は、2015年5月30日朝から症状が始まり、MERSの平均潜伏期5日を考慮すると原告は2015年5月25日朝ごろに病院で16番患者から感染したと推定される。
 疾病管理本部が6番患者の確診によって病院の接触者を拡大して2次疫学調査を実施することを決定してから16番患者を把握するまで約2日と13時間の時間がかかった。これを基準にみると、もし1番患者が疑似症患者として申告された2015年5月18日10時ごろに直ちに検体採取及びまともな疫学調査がされていれば遅くとも2015年5月19日までには病院の接触者の範囲が確定され、それから約2日と13時間が過ぎて16番患者が別の病院に入院する前である2015年5月22日の昼までには16番患者が追跡されたので、16番患者と原告の接触が遮断された。
 遅延された1番患者の確診によってはじめて深層疫学調査を実施したとしても病院の接触者に対する調査がまともになされていれば2015年5月20日又は遅くとも2015年5月21日に病院の接触者の範囲が確定され、それから約2日と13時間が過ぎた2015年5月23日又は遅くとも2015年5月24日午前までには16番患者が追跡されたので原告が感染した時期以前に16番患者を隔離治療することができたといえる。

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